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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)570号 判決

控訴人 栗田隆子

右訴訟代理人弁護士 鬼頭忠明

被控訴人 磯村司郎

右訴訟代理人弁護士 大脇保彦

同 鷲見弘

同 大脇雅子

同 飯田泰啓

同 名倉卓二

同 村田武茂

同 初鹿野正

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一万〇六三三円並びに昭和五三年四月二六日以降同五七年一一月末日まで月額二二〇〇円の、同年一二月一日以降は月額五万七二〇〇円の割合による、各金員の支払いをせよ。

被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

控訴人、被控訴人間の賃貸借にかかる原判決別紙物件目録記載の建物の賃料が、昭和五二年八月一日以降一か月金五万七二〇〇円であることを確認する。

控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の、各負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の本訴請求を棄却する。

3  被控訴人、控訴人間の賃貸借にかかる原判決別紙物件目録記載の建物の賃料が、昭和五二年八月一日以降一か月金五万五〇〇〇円であることを確認する。

4  被控訴人は控訴人に対し、金七五万円及びこれに対する昭和五二年八月一日以降完済まで、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決(なお、本訴請求中の付帯請求を「金二万四一六六円並びに昭和五三年四月二六日以降同五七年一一月末日までは一か月金五〇〇〇円の、同年一二月一日以降明渡し済みに至るまでは一か月六万円の、各割合による金員の支払いをせよ。」と変更する)。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の付加、訂正

1  原判決八枚目表八行目の「別紙図面」の後に「記載①の」を、同九行目の「であり、」の後に「同図面記載③の」を、同一一行目の「であり、」の後に「同図面記載④の」を、それぞれ加える。

2  原判決九枚目表八行目の「(二回)」を「(第一、二回)」と、同九行目の「鑑定の結果」を「原審鑑定人野崎優の鑑定の結果」と、それぞれ改める。

二  控訴人の主張

1  控訴人は、被控訴人が賃貸している本件建物と同一の建物内にある他の同種店舗の賃料を上廻る月額五万五〇〇〇円の賃料を提供し、かつ、その保証金三〇万円をはるかに上廻る一四〇万円の保証金を預託しているのであり、しかも店舗入居に際して控訴人の費用をもって電気、水道、造作設備、店舗内外装の各工事をして一〇〇〇万円以上を支出し、一階店舗全体の環境向上に貢献しているのであって、控訴人の減額請求は同一建物内の他の店舗賃借人と同様の取扱いを求めたものにすぎず、被控訴人が減額の折衝をかたくなに拒絶するのに困りはてて五万五〇〇〇円の賃料を提供するに至ったものである。控訴人の右態度は、本件店舗の賃貸借関係における信頼関係を損うものではなく、したがって被控訴人がした契約解除は、権利濫用として許されない。ちなみに、控訴人は昭和五二年一二月分以降現在に至るまで月額五万五〇〇〇円の割合による賃料の弁済供託を続けており、被控訴人は、その一部を受領している。

2  かりに賃貸借契約が解除により終了したとしても、本件建物の賃料相当損害金は月額五万五〇〇〇円というべきであり、被控訴人が昭和五七年一二月分以降の供託金を受領していないとすれば、右供託額は昭和五八年一一月分までで六六万円となるから、保証金返還分九四万円から右六六万円を差引いた残額二八万円を控訴人に返還すべきである。

3  かりに賃貸借契約が解除により終了したとしても、控訴人は次のとおり本件建物につき一〇〇〇万円を超える有益費を支出しており、右は少なく見積っても七〇〇万円の現存価格がある。控訴人は、右同額の有益費返還請求権を有していて本件建物につき留置権があるから、本件建物の明渡と引換えに七〇〇万円の支払いを求める。

(一) 店舗内外装工事

(1) 昭和五〇年六月施工 六〇〇万円

(2) 同五二年一二月施工 三五一万七〇〇〇円

(二) 店舗電気工事

昭和五〇年六月施工 六八万円

(三) 店舗外廻り植木

昭和五〇年六月植込み 四万一四〇〇円

(四) 店舗看板工事 一七万六八〇〇円

以上合計 一〇四一万五二〇〇円

三  被控訴人

1  控訴人の当審における前記主張1のうち、控訴人が賃料の弁済供託を続けていること及び被控訴人が昭和五七年一一月分までの供託金を受領したことは認め、その余は争う。控訴人は、右により、本訴付帯請求を請求の趣旨記載のとおり、減縮するものである。

2  同2は争う。

3  同3は争う。控訴人、被控訴人間の本件建物の賃貸借契約において、控訴人は本件建物明渡しに際しては、これを原状に復したうえ明渡す旨及び控訴人はその際補償金等一切の支払いを請求しない旨の約定があるから、有益費返還請求の主張は失当である。

四  証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人が昭和五〇年五月一九日控訴人に対し本件建物を賃料月額七万円、毎月末日限り翌月分を持参又は送金して支払う約で賃貸したこと(以下「本件賃貸借」という。)、被控訴人は、昭和五三年四月一二日頃に控訴人に到達した書面をもって同五二年一二月から同五三年四月まで五か月分の賃料合計三五万円を同月二五日までに支払うよう催告するとともに右支払いがないときは本件賃貸借は当然解除となる旨の意思表示をし、控訴人が右期限を徒過したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件賃貸借契約解除の効力の有無に関する控訴人の抗弁につき判断する。

《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

1  昭和五〇年五月一九日に成立した本件賃貸借には、賃料を月額七万円とする約定のほかに、保証金を一四〇万円として、右金員のうち九八万円は賃貸借終了時に返還する旨の約定があり(四二万円は謝礼金として被控訴人が取得)、控訴人は本件賃貸借成立時に右一四〇万円の支払いを了した。

2  被控訴人が控訴人に賃貸した本件建物は、被控訴人所有の三階建建物の一階にある四つの賃貸店舗のうちの北東角の店舗にあたり(各店舗の位置関係は原判決別紙図面参照)、控訴人は、本件賃貸借成立後、本件建物に内外装工事、設備工事等を施したうえ同所で喫茶店の経営を始めたが、他の三店舗には、その後、約二年間賃借人の入居がなかった。

3  ところが、昭和五二年四月から五月にかけて、それまで空屋になっていた前記三店舗に相次いで賃借人が入居するに至ったが、その賃料月額は、いずれも五万円、保証金三〇万円、謝礼金三〇万円というものであった。

4  右三店舗の賃貸借は、不動産業者である株式会社日吉不動産の仲介によるものであり、賃料も、同社から月額五万円くらいが相当といわれて控訴人に対する場合よりも減額して入居者の募集が行われたものである。

5  控訴人は、新入居者の賃貸借条件を知って間もない昭和五二年五月頃から、被控訴人若しくは被控訴人に代って本件建物等の管理をしていた被控訴人の父である磯村武義に対し、賃料を新入居者並みに減額するよう申し入れたがこれを拒否されて協議の機会を持つことができなかったため、昭和五二年七月一二日頃に被控訴人に到達した書面をもって賃料を月額五万五〇〇〇円に減額し、既に支払済みの保証金一四〇万円についても、これを保証金三五万円、謝礼金三〇万円に改めてこれを超える七五万円を返還するか、又は賃料に充当するよう申し入れたが(右賃料減額申し入れの事実は当事者間に争いがない)、被控訴人は、これにも応じられない旨を同月二二日付文書によって回答した。

6  控訴人は、右回答受領後も、被控訴人に対して数回にわたって賃料の減額を求めながら、なお月額七万円の約定賃料の支払いをしていたものの、昭和五二年一一月末に至って同年一二月分賃料として月額五万五〇〇〇円を提供し、右受領を拒絶されたため、これを弁済供託するべく法務局に赴いたが、減額賃料の供託は受付けないとしてこれを断わられたため、同月分を含めて以後の賃料も未払いのまま経過した。

7  被控訴人は、昭和五三年四月一二日頃控訴人に到達した書面をもって前記のとおり同五二年一二月以降の未払賃料の催告及び停止条件付契約解除の意思表示をし(右事実は当事者間に争いがない)、次いで同年五月一九日に本訴を提起し、その訴状は同月二六日控訴人に送達された。

8  そこで、控訴人は、本件控訴人代理人に本件の訴訟委任をするとともに、同代理人の指導により、同年六月三日、昭和五二年一二月分から同五三年六月分まで七か月分の月額五万五〇〇〇円の割合による未払賃料の弁済供託をし、以後現在に至るまで、いずれも毎月末日までに右割合による翌月分の賃料の弁済供託を続けている(右弁済供託継続の事実は当事者間に争いがない)。

9  本件建物と同一建物の一階部分にある他の賃貸店舗の月額賃料は、一店舗(原判決別紙図面①記載)につき現在もなお五万円であり、他の二店舗は、その後賃借人が交替して現在は五万五〇〇〇円である。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

なお、原審証人磯村武義は、本件建物に似た規模の二店舗(原判決別紙図面③、④記載)の賃料が昭和五二年当時月額五万円とされた事情につき、右各店舗の賃借人らは、いずれも同建物二階の住宅部分も賃借していたため、店舗部分の賃料を五〇〇〇円減額して契約したと述べるが、《証拠省略》によれば、二階の住宅部分と一階の店舗部分の賃貸借契約は各別の契約書によってされていて店舗部分のみにつき賃料が減額されている旨を窺わせるような文言の記載は見当らないだけでなく、たとえば昭和五三年七月に一階店舗部分のみを賃借した加藤美代子は月額賃料五万円とする契約を交わしていて、それから約一年後の昭和五四年八月から月額五万五〇〇〇円に改訂されているにすぎず、また一階店舗部分だけを賃借しているパナ店舗も最近に至って月額五万円から五万五〇〇〇円に変更されたにすぎないとの事実が認められるのであって、原審証人磯村武義の前記供述は、右事実に照らしてたやすく採用し難いというべきである。

三  以上の事実によれば、控訴人は昭和五二年一二月分から同五三年四月分までの賃料の支払を遅滞し、被控訴人から同五三年四月一二日頃にされた賃料支払の催告期限をも徒過したというのであるから、たとえ控訴人が昭和五二年七月に被控訴人に対してした月額賃料を五万五〇〇〇円に減額してもらいたい旨の申し入れが賃料の減額請求権の行使にあたるとしても、借家法七条二項の規定によれば、賃貸人である被控訴人は、賃借人である控訴人に対してなお相当と認める賃料の支払いを請求することができるとされているのであるから、控訴人に賃料不払いの債務不履行があった事実は、これを否定することはできない。

しかしながら、一方、前記事実関係を総合するならば、控訴人は、本件建物賃借後、約二年間は異議なく月額七万円の約定賃料の支払いをしていたものの、新たに被控訴人から同一建物内の店舗を賃借して入居した賃借人の賃料、保証金がともに控訴人の場合に較べて大巾に減額されていることを知り、本件建物の位置関係が他の店舗よりも良好であることを考慮して他の賃借人の賃料五万円及び保証金三〇万円よりも若干多い賃料五万五〇〇〇円、保証金三五万円を提示して右金額まで減額するよう申し入れをしたものであって、前記諸事情を考慮すれば右申し入れは誠に無理からぬものと認められるのに対し、被控訴人は右申し入れを拒否するだけで賃料、保証金の減額について話合いに応ずる態度を全く示さなかったこと、控訴人が昭和五二年一二月分賃料として提供した五万五〇〇〇円の受領を拒絶された以後、賃料の提供ないし弁済供託をせず、昭和五三年四月に至って被控訴人から未払賃料の催告をされたのにこれに対応した動きを示さなかった点についても、被控訴人の従前の態度からみて減額賃料ではこれを受領しないことが明らかであって賃料減額についての話合いの余地もなく、また法務局での供託についてもこれを断わられていたとの事情によるものと認められ、後に本件控訴代理人と相談の後、弁済供託が可能となった以降は現在に至るまで月額五万五〇〇〇円の割合による賃料の供託を続けており、右供託額についても、原審鑑定人野崎優の鑑定の結果によれば、昭和五二年八月一日現在の本件建物の相当賃料が月額五万七二〇〇円程度と認められることに照らすと、不足額の二二〇〇円は右相当賃料に対してわずか三・八パーセント程度にすぎないことが明らかである。以上のような事情を勘案するならば、控訴人の前記態度をもって賃料支払につき不誠実ときめつけることは困難であって、むしろ、被控訴人側の態度に問題があった事案というべきであり、昭和五三年四月にされた催告に対する延滞賃料不払いの事実があったとしても、なお、賃貸借関係における信頼関係を破壊するに至らない特段の事情が存在したものというべきであって、この点をいう控訴人の抗弁は理由があるといわざるをえない。

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人がした本件賃貸借解除の意思表示はその効力を生じないというべきであるから、本件賃貸借の終了を理由に本件建物収去土地明渡を求める本訴請求部分は理由がないといわなければならない。

四  そこで、被控訴人の反訴請求について検討する。

控訴人が昭和五二年七月一二日頃、被控訴人に到達した書面をもって本件賃貸借の賃料を月額五万五〇〇〇円にして貰いたいとの申し入れをした事実は当事者間に争いがなく、前認定の諸事情を考慮すれば、右申し入れをもって賃料減額請求権の行使がされたものと解するのが相当であり、さらに《証拠省略》及び前認定の本件建物と同一建物内の他の賃貸店舗の賃料等を総合すると、昭和五二年八月当時における本件建物の賃料は、月額五万七二〇〇円が相当と認められるから、本件建物の賃料は、前記減額請求権の行使により、右同額に変更されたものというべく、同年八月一日以降の賃料の確認を求める反訴請求は、右の限度で理由がある。

しかしながら、反訴請求のうち、保証金七五万円の返還を求める部分については、本件賃貸借に伴う保証金の額が、控訴人の一方的意思表示によって変更しうる性質のものである点についての主張立証のない本件にあっては(もちろん、保証金七五万円返還の合意があったとの主張立証はない)、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。

五  なお、昭和五二年一二月一日以降の未払賃料及び賃料相当損害金の支払を求める被控訴人の付帯請求は、その主張の契約解除が認められない場合においては賃料請求として維持する趣旨と解しえないではないから、さらにこの点について判断するに、前記のとおり、本件賃貸借の相当賃料は昭和五二年八月以降月額五万七二〇〇円に減額されたものと認められるので、右請求のうち昭和五二年一二月一日以降同五三年四月二五日までの未払賃料の請求については右相当賃料と賃料供託額五万五〇〇〇円との差額二二〇〇円の割合による合計一万〇六三三円の、同五三年四月二六日から供託分受領済みである同五七年一一月末日までの未払賃料の請求については毎月右差額二二〇〇円の割合による金員の、同五七年一二月一日分以降の賃料の支払を求める請求については月額五万七二〇〇円の割合による金員の、各支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

六  よって、原判決中、以上の限度を超えて本訴請求を認容した部分及び反訴請求中賃料額の確認を求める訴えを却下した部分は失当であり、本件控訴は右の限度で理由があるから原判決中右部分を変更し、本訴請求については賃料につき月額五万七二〇〇円及び右金員と受領済の供託分との差額の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却し、反訴請求については本件賃貸借における賃料が昭和五二年八月一日以降月額五万七二〇〇円である旨を確認する部分を認容し(賃料確認の部分の訴えを却下した原判決は、結局、違法ではあるが、賃料額についての実質審理は尽くされているものと認め、右部分の原審への差戻しはしないこととする)、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 佐藤壽一 鷺岡康雄)

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